新井由己の仕事帖

2004年03月04日 (木)

たい焼の魚拓 −絶滅寸前『天然物』たい焼37種

 この本は、たい焼きを魚拓に採るという、ちょっと変わった性癖を持つ人の記録である。ひと昔前のご老人が聞いたら、「食べ物を粗末にしたらいかん」と怒るかもしれない。
 有名店の行列に並んだ著者は、ようやく手にしたたい焼きを抱え、店の近くに腰かけて、半紙と墨を取り出しながら熱々のやつを1匹ほうばる。そしておもむろにたい焼きに墨を塗るのである。周囲の視線やひそひそ声など気にしていられない。「活きのいいところで、さっと墨を塗るのだ」「こうしてたい焼の熱さを、指に感じながら採取するのが本道」と思っているらしい。
 写真家である著者が最初にたい焼きの魚拓を採ったのは、1983年8月27日のこと。当時、日光の自然を撮影するために暮らしていた自宅での作業だった。宇都宮にフライフィッシングの道具を買いに行った帰りにたい焼きを手にし、その足で湯の湖へ釣りに出かけた。
 ヒメマスを4匹釣り上げ、帰宅してから大物を魚拓に採った。マスの横には食べ損ねたたい焼きが冷たく置かれていた。墨が残っていたこともあり「ほんの冗談」でたい焼きの魚拓を採った。
 それを自宅の壁に掲げておくと、訪ねてきた友人たちが口を揃えて「魚種」を聞いてきた。その反応がおもしろく、しばらく楽しんでいたという。
 その2年後、麻布十番の浪花家へたい焼きを買いに出かける。そこでたい焼きの奥深さに気づいた。
「1匹ずつが大きな植木鋏のようなもので焼かれていた。鋏の先端に、たいの鋳型が設えてある。(略)こうした昔ながらの1匹焼きの型を使ってるところは、絶滅寸前と教えられた」
 すでにそのころは、2連や3連の焼き型を使う店がほとんどだったらしい。なかには6匹、8匹焼きというのもあり、その背景には「およげ! たいやきくん」のヒットがあり、大量生産が必要になったと著者は言う。
 だとしたら、1匹ずつ焼くのは「天然物」で、何匹も同時に焼けるのは「養殖物」ではないかと思いつく。初めてたい焼きを魚拓にしたおもしろさが蘇った。
「全国で天然物を探してみようと思った。魚拓による絶滅危惧種の『レッドデータブック』が作れないかと考えたのだ」
 こうして、最初に魚拓を採ってから約20年。著者が集めた絶滅寸前の「天然物」は、34軒・37種に及んだ。こうしてたい焼きの魚拓を眺めていると、今まで気づかなかった表情がよくわかる。たいの形に似せたあん入りの茶色い食べ物、と思っていたのが、急にほのぼのとした気分になって、たい焼きって意外と本格派だったんだなと、見る目が変わってしまった。
 取材後に閉店してしまった店もあるようだが、それぞれの店の歴史や、たい焼きに対する店主の愛情が隅々に感じられる。たい焼きの魚拓の横には、体長・体高・体重・値段・採取地などのデータが添えられている。店先で魚拓を採りながら、メジャーを当てたり秤に乗せたりしていたのだろうか。その姿が目に浮かぶようだ。

著 者/宮嶋康彦
発行所/JTB
発行日/2002年2月1日
定 価/1500円+税
A5判 ・78頁・上製
ISBN4-533-04029-2

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