新井由己の仕事帖

2004年03月03日 (水)

Route88 −四国遍路青春巡礼

 これまでに、僕は原付きバイクで日本を3周している。当然、お金はないから野宿の旅だ。ホームレス対策のせいか、日本のあちこちで野宿がしにくくなってきた。無人駅はもちろん、公園で寝ていても不審者に思われてしまう。
 ところが四国を回っているときだけは、なぜか人々の視線が暖かかった。あるとき出会った人に「お遍路やってるの?」と聞かれ、はたと気がついた。そこは八十八か所の巡礼の土地だったのだ。
 四国からフェリーで岡山に渡るときに、薄汚れた姿で公衆電話に立つ男性がいた。
「うん、さっき終わった。足の先のマメがむけて痛いけど、だいじょうぶ。これから高野を回って帰るよ」
 今からおよそ1200年前、弘法大師・空海が42歳のときに修行した場所が、のちに八十八か所の霊場として人々の信仰の場所になった。八十八か所を巡ることによって煩悩が消え、願いがかなうといわれている。
 全行程約1400キロを歩いて回ると、2か月は必要だという。車やタクシーを使えば1週間ほどで回れる。八十八か所をすべて回ることを「結願(けちがん)」と呼ぶ。その後、高野山金剛峰寺の奥の院にお参りして正式に終了(満願)する。フェリーで見かけた男性も、巡礼の締めくくりに高野山へ向かう途中だったのだ。

「遍路の本はすでにさまざまな種類が出ているが、僕の知るかぎりではインタビューで構成した本はこれが初めてだと思う。遍路する者に旅の動機を聞くのはタブーだといわれているせいかもしれない。しかし、今僕は彼らがどんな思いで四国を歩いているのか、いたのか、それを多くの人に知ってほしいと思っている」
 著者は「二十歳の春から(四国遍路が)ずっと気になっていた」。大学のサークル仲間から遍路を歩き通した話を聞いたのがきっかけだった。そして、大学卒業後も気になっていたものの、海外への旅を繰り返していた。
 その後、著者は大学のサークル仲間の10年後を訪ねて、『バブルエイジ』(2001年、ワニブックス)という本にまとめた。そのなかに登場する人物で、ミャンマーで出家僧をしているのが、著者に遍路を意識させた人物だった。
「彼の現在の生き方と一三年前のあの旅は確実につながっていた。四国遍路には若者の生き方を変えてしまうほどの力があるのだろうか」
 四国遍路をする若者が増えているというマスコミ報道に触れ、ついに著者は四国へ旅立った。徳島のバスターミナルに降り立ち、最初に見かけた遍路に声をかけようと思うが、その鬼気迫る雰囲気に負けてしまう。何かを祈るために遍路に来ている人に、その動機を聞くことは、取材する側にも覚悟が必要だ。「とても自分の手に負えない」と弱音をはく。
 それでもレンタカーを借りて、若者の遍路を探しながら一番札所から回り始めた。すると周囲の目が気になる。茶色に染めたばかりの髪、赤いTシャツ、アーミーパンツ。そしてカメラを持ってうろうろしているせいか、ひそひそ声も耳に入ってくる。形だけでも白装束を買おうか悩む。
 小林キユウのいいところは、自分の感情を素直に書いているところだ。悩みながら取材を進めていることがよくわかる。取材相手に「歩いたほうがいいですよ」と言われ続けて、レンタカーで徳島と高知を回ったあと、菅笠をかぶり、金剛杖を持って、歩き始めた。
「自分自身が遍路になって歩くことなど考えてもみなかった」
 しかも、一番札所から回る「順打ち」ではなく、3倍難しいといわれる八十八番からの「逆打ち」だ。道標が整備されていなく、すぐに道に迷う。それでも結願すると3倍の得が得られるという。順打ちだと取材相手の遍路に追いついたり追い越されたりしにくい。車で回った罪ほろぼしの意味もあって、逆打ちに挑戦したわけだ。香川の遍路は、8日間で130キロを歩いた。
 インタビューに登場するのは、一組の親子を入れて31名。歩いて回っている人、自転車やバイクで回っている人、いっぺんに通して回る人、少しずつ区切りながら回る人、野宿をする人、民宿に泊まる人など、それこそ数え切れないスタイルと動機で遍路を行なっていた。
 ところが、どのインタビューも見開き2ページに満たない。数えてみると、1000字前後しかない。そこに著者の苦悩がうかがえる。
「東京での通常のインタビューでは相当図々しいことまで聞く僕だが、遍路に対しては本書に書いてあることがほぼすべてだ。今の僕にはこれが限界だった。(略)千数百キロを歩き通そうとする者にその覚悟を問いただすことは本当に畏かった。声をかける瞬間は身が震えた」
 現在、年間10〜20万人の遍路が四国を巡っているという。そのうち1000人程度が歩き遍路をしているようだ。この長大なルートをたえず人が循環しているというのは、にわかに信じがたい。その一方で、遍路という文化を支えている四国の人たちがいる。
 遍路は弘法大師の生まれ変わりだと思われている。そして四国で暮らす人たちは、当然のように遍路を「お接待」している。著者と同じように四国遍路に関心を寄せてきた僕にとって、この本は衝撃的な内容だった。

著 者/小林キユウ
発行所/河出書房新社
発行日/2003年4月20日
定 価/1700円+税
B6判 ・212頁・並製
ISBN4-309-01533-6

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