新井由己の仕事帖

2007年04月26日 (木)

結願−−ここから始まる旅 

 今からおよそ1200年前、弘法大師・空海が42歳のときに修行したゆかりの場所が、八十八ヶ所の霊場として人々の信仰の場所になりました。厄年を迎えた自分自身が同じ道を歩き、四国の「お接待」文化を肌で感じたい。そして、昨秋と今春の二度に分けて約1200kmの距離を歩き終えました。
 同時に、明治から大正にかけて遍路に人生を捧げた中務茂兵衛の足跡をたどり、彼がどのように生きたのか、 人々にどう語り継がれているのか、それを聞き歩くつもりでした。ところが、出会った人のほとんどが中務茂兵衛のことを知りません。愛媛県新居浜市にある東田大師堂の住職が茂兵衛の研究をしているので、途中で立ち寄って話を聞いたところ、縁のある寺や人はもういない(わからない)というのです。
 考えてみれば、「子どものころに見た」という人がいたとしても、大正生まれですから、亡くなっていても不思議ではありません。それにしても、“信者”が多かったそうなので、「先祖がそうだった」という家はどこかにありそうです。
 香川県と徳島県の県境、標高910mの場所に66番札所・雲辺寺があります。遍路道のなかで、いちばん高い場所にあるお寺です。メインテーマだった茂兵衛の手がかりをなくし、途方に暮れながらも山道を一歩ずつ登っているときに、ふと自分が書くべきことが浮かんできました。それは「信仰とは何か?」という疑問です。

 小学生のころ、母親が創価学会の信者で、僕も集会に行ってお経を唱えていました。何が楽しかったのか自分でもわかりませんが、熱心に通っていました。ところが、中学に入るころに、富士宮の総本山に連れていかれて、何かの葉っぱで頭に水をかけられる儀式を受けました。実はこれにすごい違和感を覚え、その後、ぱったりと集会に行かなくなりました。子ども心に「何かが違う」と感じたのでしょう。
 海外に出かけるようになって、タイの仏教寺院で熱心にお参りしている人、台湾の道教のお寺でひれ伏すようにお祈りしている人、インドの導師をすがるような目で見つめる人たちを前に、宗教とはいったい何だろうかと考えてきました。余談ですが、ビルマの仏像は、日本人の感覚だとちょっと笑ってしまうような表情です。

 1995年、田舎暮らしをしようと思って山梨県の早川町に空き家を見つけました。ところが、引っ越し直前に地下鉄サリン事件が発生。約5000人の被害を出した大事件となり、オウム真理教が事件に関係していることがわかります。
 オウム真理教の本部があった上九一色村は、早川町から東に数10kmの場所で、南に行った富沢町で銃器密造の疑いが出たり、「南アルプスにサリンが埋められている」とか、「早川町の空き家にオウムの信者が潜伏している」という噂が流れ、国道から早川町に入る県道の入口で、住民を含めた一斉検問が始まったのです。事件が沈静化するのを1年ちょっと待ちましたが、結果的にこの物件はあきらめることにしました。

 オウム真理教など新興宗教への違和感を突きつめると、宗教や教祖への「依存心」でした。「お四国」(四国の人たちはお遍路のことを親しみを込めてこう呼んでます)を歩いて「お接待」を受けながら感じたのは、本来の信仰は自分の心の中にあるのではないかということでした。
 歩いているときに後ろからパタパタという足音が聞こえてくることがありました。振り返ってみると、おばあちゃんが息を切らして歩いてます(ときには心臓が弱いというおばあちゃんも!)。手にしているのはミカンひとつだったり、百円玉だったりいろいろですが、家の中からお遍路さんの姿が見えたからと、わざわざ追いかけてきたのです。
 信仰心を持つ人も持たない人も、生きるために遍路を装う人も、みんなお遍路さん(弘法大師の生まれ変わり)として、区別なく受け入れている四国の人たち……。考えてみれば、お遍路という「装置=システム」があることで、気軽にお接待が行なえるのです。これがほかの地域だったら、怪しい人と思われるかもしれません。
 もちろん弘法大師のご利益にあやかりたいという人もいて、自分の代わりに参拝してほしいと願うこともありますが、実は自分が持っている厄をお接待という形でお遍路さんに渡してしまうという考え方もあるようです。
 大事なのは、お接待をした人もされた人も、どちらもうれしい気持ちになることです。だれかが喜んでくれる姿を見て、自分もうれしくなる。お遍路が弘法大師の生まれ変わりという名目はともかく、そういう人としての優しさが背景にあるような気がしました。
 お遍路さんが書いたノートを眺めていると、四国で受けたお接待を、今度は自分が周りの人に還元したいというのをよく見かけました。生涯お接待−−そんな言葉もありました。人としてどうあるべきか。どういう人生をおくることが幸せなのか。もしかしたら、それが信仰の根源ではないでしょうか? 僕は、人間どうしのもっとも基本的な関係に気づかせてくれるのが、お遍路の最大の魅力ではないかと思っています。

 1200kmを歩き通したからといって、その体験記を本にまとめるつもりはありません。遍路という文化を支えているのは、そこで暮らす四国の人たちです。今は、ようやくお遍路をテーマにする資格を得たという気持ちです。
 来春から、四国の人たちのインタビューを始めます。今度は車で行くつもりなので、「お接待カー(別名おせっかいカー)」と称して歩き遍路にお接待をしてみようと考えています。今度は、お接待する側の気持ちを体験するわけです。

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 新刊『エコロジーショップの働きかた』では、「仕事とは何か?」というテーマに取り組みました。今度の遍路本は「信仰とは何か?」というテーマになるでしょう。
 ある人が「正しい問いにはすでに答えが含まれている」と言っていました。僕は「シンプルな問いには深い答えが用意されている」と仮説を立ててみます。
 「あなたにとって仕事とは何ですか?」という質問を重ねた結果、おそらく多くの人が悩んでいることに対するヒントを示すことができました。遍路本も、同じような本になるように時間をかけて取り組みたいと思います。

↑Top: 投稿者 あらい/遊民 | 日々のつぶやき
コメント

藤江彰彦著「あるくことは生きること生きることは歩くことは」
是非お勧めします。

今はsns「趣味人倶楽部」で毎日綴っておられます。
73日の歩き遍路で雨も歩いてます。
特に感動するのはいく先々のお接待です。
住職や宿の女将さんたちの心遣いなど克明にかかれています。
宿もお寺も実名入りですので手引書などよりすごく参考になります。
そしいてその時の感極まった感情や
80近くなっても子供の時に死に別れた母親への想いは
なんどか涙しました。
是非お勧めします。こんどはお接待する側からのとのこと。
期待しております。ご成功祈ります。

↑Top: Posted by: kayoko : 2015年06月11日 22:11
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