新井由己の仕事帖

2008年06月03日 (火)

14歳の君へ どう考えどう生きるか

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■人間は考える葦である

 中学2年のときに登校拒否をした僕は、高校進学後も勉強することに意味を見いだせず、アルバイトと旅を繰り返していた。自分はどういう人生を歩んでいくのか、何が自分に向いている職業なのか、そんなことをずっと考えてきたが、社会からドロップアウトして旅を続けながらたどり着いた“答え”が、この本の中にはたくさん詰まっている。
「君は、授業で教わったことについて、自分で考えたことがありますか。文法や年号を覚えて、試験でいい点をとることなんか、その意味では簡単だ。自分で考える必要がないからだ。だから、自分で考えずに覚えただけのことなんか、試験が終われば忘れちゃうんだ。……自分の頭を使って自分でしっかり考えたことというのは、決して忘れることがない。その人の血となり肉となり、本当の知識となって、その人のものになるんだ。人間が賢くなるということは、こういうことだ」
 歴史の出来事を覚えるだけではなく、想像して自分で考えること。どこまでも考えていくと答えはない、と著者は説く。そう言われてみると、僕は覚えるだけ(そう思っていた)の歴史や、読解問題の答えが決まっている(受け止め方は人それぞれと思っていた)国語は大嫌いだった。得意だったのは数学や理科の考える教科だったが、歴史も同じように考えればよかったのかと、今ごろになって後悔している。
 勉強に疑問を感じたころ、子どもが「なぜ?」という質問をたくさん投げかけるのは好奇心があるからという文章を読んだ。自分の好きな色が青なら、それはなぜなのか? 青い色は海をイメージさせて、ゆったりとした気持ちになるから? なぜゆったりすると落ちつくのか? もしかしたら……。すべてのことに「なぜ?」と問い続けていくひとり遊びをずいぶん楽しんでいた。
 好きなことがあれば、もちろん嫌いなこともあった。どうしても友だちになれない人もいた。
「人を好きになるようにしようといっても、嫌いな人は、どうしても好きになれない。君がそう感じる人がいるのと全く同じように、君にそれを感じる人もいるというだけのことだ」
 好き嫌いがあるのはしかたない、と著者は言う。嫌いなものを自分で認めて、それにこだわらないこと。嫌いなものがそこに存在することを認めること。好き嫌いを超えて、受け容れることが「愛」だという。
 僕は「物事は肯定することから始まる」と考えるようにしている。最初に否定してしまったら、すれ違ったままでお互いのことは理解できない。フランスの哲学者パスカルの言葉に「人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である」というものがある。「考えること」と「認めること」、それが自分の人生を豊かにするということに、僕は大人になってから気づいた。
 著者は別の本の中で、14歳のころに人間は言語と論理を獲得して「人として生まれる」と書いている。登校拒否をした14歳のときにこの本を手にしていたら、どういう人生を過ごすことになっただろうか−−。

著 者/池田晶子
発行所/毎日新聞社
初 版/2006年12月25日
定 価/1143円+税
四六判・192頁・並製
ISBN978-4620317885

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